sayakotの日記

コスタリカ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、エチオピアで、勉強したり旅したり働いたりしていた当時20-30代女子のブログ。

‘Theater of the Oppressed’

sayakot2007-10-07

毎回のグループプレゼンテーション。今回の発表者は、アメリカ人A(♀)、イギリス人L(♀)、日本人T(♂)、中国人P(♂)の4名。


最初から、何かがおかしかった。グループの息がとにかく合っていない。流れもちぐはぐ。英語での説明にもたつく中国・日本人メンバーに対し、「ここはこういう流れだって、何回も説明したじゃない。いい加減にしてよ」「まだ私の部分が終わってないんだから、黙っててよ」と、準備段階からグループを仕切っていたのであろうアメリカ・イギリス人の2人が、小声ながらにあからさまに苛立っているのが分かる。


ついに、途中でプレゼンが中断。
「ごめんなさい。この2人がちっとも分かっていないから、一度グループ内で流れを確認させてください」と、
言い訳するように、先ほどの英米人の両名がわたしたちに状況を説明。


おいおい、仲良くやってくれよ、と誰かが半分ちゃかしながらも、教室に高まる緊張感。口にこそ出さないものの、
恐らくその場にいた全員の頭によぎる、「ある」不安。


わたしの所属する国際平和学コースの生徒の内訳は、約半数がアジア人、それも全員がフィリピンでの語学研修からずっと一緒だった「マニラ組」。残りの半数は、南北アメリカ・ヨーロッパ、アフリカ地域の出身で、ここに来る以前は、学生だったり、仕事をしていたり、様々だ。


宗教や国境や地域を越えて、互いの文化や価値観を認め合い、困ったことがあれば助け合おう、学生のほとんどはそういったメンタリティを当然に共有しているが、それでも、「マニラ組」/「その他」という全体を2分する意識が、まったく存在しないかというとウソになる。どちらに非があるというものでもないのだが、「マニラ組」には、主張力の強いネイティブスピーカーたちを前に、語学力に絡んだ引け目と、フィリピンで築かれた居心地の良い一体感があるし、「その他」組には、お互いを認め合うがゆえの、妙な遠慮がある。だが、それでもなんとか今まで、「うまく」やってきたハズだったのだが・・・。


そして今、教室に充満する不穏な空気。


「ひどい段取りだな。いい加減にしてくれないか。大体、P(中国人)の話す英語はいつも全然分からないんだよ」
ついに、黒人でアメリカ人のK(♂)がうんざりしたようにはき捨てた。クラス一体格の大きな彼が言うと、
凄味がある。


その言葉にプチーンときた、正義感の強い日本人のY(♀)が、「そんな言い方はないでしょう?あなたと違って、英語はPの母国語じゃないんだから、もっと寛容になりなさい。Pだって頑張ってるじゃない」と立ち上がる。


「おい、ここは大学院だぜ。遊びとは違う。俺はこの授業に、金を払ってるんだ。」と、語調を強めるK。


「これは私たちのプログラムでもあるのよ?!」と、ますます感情的になるY。


そして、いつもは冷静なインドネシア人Nが割って入る。
「おい、コロニアリスト(植民地主義者)になるのはやめてくれ! 俺達は一体何を学びにここに来たんだ?それともこれも、今日のプレゼンテーションの一部か・・・?!」


ん・・・?
全員が、はっと顔を見合わせる。


やられた・・・! 

そう。今回のテーマは‘Theater of the Oppressed(被抑圧者の演劇)’。演劇を通じて、社会の抱える様々な問題に焦点を当て、浮き彫りになった「コンフリクト」を、そこに参加する社会のメンバー(観客)と共に、変容(transformation)させていく、平和学の一つの手法だ。


グループのめちゃくちゃなプレゼンも、KやYの発言も、全て巧妙に仕組まれた「演劇」だったのだ。
劇で良かった――。全身の力が抜けていく。そして、KとYの真に迫った演技を思い出し、急に笑いがこみあげる。かつてなく高まった教室の緊張感が、一気に和むのが分かる。「マニラ組」と「その他」。今まで皆が暗黙に共有していた居心地の悪さが、劇を通じて、こんなにも鮮やかに、暴れてしまったのである。どうやらわたしたちは知らないうちに、「観客」であると同時に、「アクター」になっていたのだ。


「被抑圧者の演劇」のダイナミクスは、これだけではない。
流れはこう。劇を通じて、自分たち自身のコンフリクトを観客全員が共有した後、役者たちは再度まったく同じ劇を演じるのである。だが今度は、観客も参加する。『Stop !』と自由なタイミングで割って入り、誰かの役にとって代わり、コンフリクトをピースフルに変容さるためのシナリオに、自分たち自身で変えていくのである。割って入った観客が新たなセリフを付け加えた後も、劇は残りの役者たちと共にアドリブで続いていく。事態は収束していくかもしれないし、新たなコンフリクトが浮き彫りになるかもしれない。どのタイミングで入っても、誰にとって変わってもいい。そうして、観客たちが、劇を通じてコンフリクトに向き合い、何が事態を悪化させたのか、その原因を自問自答しながら、他のメンバーと共に打開策を模索していくのである。


観客参加型のこの手法。学校だけでなく、職場やコミュニティなど、コンフリクトの起こる様々なシチュエーションで応用が可能だが、その扱いには細心の注意が必要になる。これだけ強烈なメッセージ性を持つツールだけに、一歩間違えると、一方的なプロパガンダになってしまったり、個人攻撃になってしまったり、結果的にコンフリクトを更に深化させてしまうことにもなりかねない。


そういう意味で、この実践には、表現者と観客との間に、ある程度の信頼関係が求められるのかもしれない。幸い、今回のケースでは、半ば腹のさぐりあいになっていた互いのホンネを、ちょっとした気恥ずかしさを伴いながらも、劇後のディスカッションの場で打ち明けあい、距離がずっと近づけることができた。少々強引な形ながら、共にコンフリクトを乗り越えた仲間として、これから立ちはだかる(かもしれない)問題に対しても、より素直に向かい合っていくことができるだろう。


それにしても、「平和学」を学ぶためにはるばるコスタリカにまでやって来た学生たちの間でさえ、こんな初歩的な葛藤があるのだから、世の中のもっと複雑な利害の絡んだコンフリクトには、一体どんなプロセスが必要になってくるのだろう?そんなことを思い浮かべながら、「劇でよかった・・・」と、改めて胸をなでおろした、そんな一日。