sayakotの日記

コスタリカ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、エチオピアで、勉強したり旅したり働いたりしていた当時20-30代女子のブログ。

闘鶏観戦

sayakot2008-05-25

「軍鶏(しゃも)」じゃないです、「闘鶏」です。


昨日、アラネタ・コロシアムで毎年恒例の、闘鶏世界大会が行われた。その名も、“World Slasher Cup(世界“切り裂き”杯)”。フィリピンでは闘鶏が非常に盛んで、“Cock Fight”だとか“Cock Darby”と呼ばれている。地方に行くと、家庭の庭先などいたるところで、闘鶏用と思しき鶏たちが飼育されているのを見ることができる。また、マニラの海賊版DVDショップでも、「Best闘鶏マッチ 2007」とマニアックに題された、過去の名場面シリーズがハリウッド映画などに交じって売られていたり、その存在感は、フィリピンの隠れた「国技」と言っても過言ではないかもしれない。


闘鶏は、古くから広く東南アジア(そしてかつて日本でも)で行われてきたが、鶏の足に10cmほどのナイフを装着させて闘わせるのは、(真偽は定かではないが)アメリカの影響を受けた、フィリピンの闘鶏の特徴だとか。わたしもまったく知らなかったのだが、アメリカでもかつて闘鶏が盛んだったそうで、動物愛護の関係から規制が厳しくなった現在では、フィリピンへ拠点を移す愛好家さえ存在するらしい。


「フィリピンに来たなら、闘鶏を見なければダメだよ、お嬢ちゃん――」と、これまでも何度となく、タクシー運転手や旅先で出会ったおじさん達に言われてきたこともあって、この国にいる間に、一度は経験してみなければと思っていたのだが、いざマニラで生活していると、なかなかそうした機会に出くわすことがない(闘鶏場以外での闘鶏は禁止されているので、当たり前なのだが)。このまま見逃してしまうかと思っていた矢先に、今回の「W杯」開催のニュースは、願ってもなかった。


とはいえ、普段はコンサートホールにも使用されるこの大きなコロシアムにいざ赴き、そのチケット売り場を前にすると、思った以上に精神的なハードルが高い。やっぱり友人について来てもらえば良かったかなと内心心細く思いつつ、わたしは一人、大会のポスターやコロシアムの外観を何枚か写真に撮ったり、中に入っていく男たちを観察したりして、気持ちが落ち着くのを待った。入場ゲートの向こうで一体何が起きているのか、外からはまったく窺い知ることができないが、それでもなお、場内の異様な熱気とアドレナリンが漏れ伝わってくるのが感じられた。そして、今の心境は、不良の高校生が、初めて競馬場に行くときのそれと似ているのかもしれない――そんなことを考えながら、意を決してチケットを買った。


まず驚いたのは、入場料。1000ペソ(約2500円)といえば、フィリピンの一般人の日当3日分に相当し、庶民が娯楽のために簡単に出せる額ではない。ここで展開される闘鶏はおそらく、片田舎の村の裏通りで通常行われるそれとは一線を画す、富裕層によって注意深く手塩にかけて育てられた、いわば「サラブレッド」的闘鶏種の、「W杯」のようでもあった。


リング上では、メロン(Meron)とワラ(Wala)のサイドに分けられた2羽の鶏が闘う。試合直前、それぞれの鶏は、「かませ犬」的役割をする、別の鶏をけしかけられて、完全な戦闘態勢に入る。観客はその様子を観察しながら、仲介者を通して、そのどちらかに賭けるのである。このときの場内は、駆け引きする男たちの声で、地鳴りのように沸く。何を言っているのかはほとんど聞き取れないが、仲介人たちは慣れた様子で裁いていく。


試合は、一方が完全に戦意を失うまで(=ほとんどの場合、死んで動かなくなるまで)続く。激しい突き合いと蹴り合いの末、どちらかが動きを止めると、レフリーは両者を持ち上げ、向かい合わせた状態で地面に降ろし、再度体制を整えさせる。試合は続行する。「勝負」の瞬間、一方の羽がぱっと宙を舞い、ぱさっと静かに地に沈む。攻撃的な鶏は、相手が動かなくなっても、まだ攻撃を続けようとする。その執拗な攻撃性は、長い訓練によって培われてきたものだろうと想像がつく。試合が一つ終わると、すぐにまた別の対戦が始まる。勝負が決まるたび、1羽また1羽と沈んでいく。手塩にかけた闘鶏が、たった1分間でこんなにあっさりと殺されていく光景に、オーナーは何を思うのだろう?闘鶏の会場では、殺された鶏の肉を使った焼き鳥が売られているものだと聞いたことがあったが、ざっと見た感じではそれらしいものは見当たらず、なぜかほっとした。この光景を、「残酷」という言葉で片付けるのは簡単かもしれないが、会場の熱気にただただ圧倒されながら、人間というのはとんでもない生き物だなあ・・・としみじみ。


ちなみに観客は、95%以上が男性で、独りで観戦している女性は、見渡した限り、わたしだけ。一体何が起きているのかさえほとんど把握できていなかったわたしは、観戦中、内心かなりどきどきしていたが、当の観客のおじさん達は、試合に夢中でわたしのことを気にする様子など全くなかった。なにはともあれ、以前から気になっていた、フィリピンの「コア」カルチャーの一部分を体感でき、大満足。もっとも、闘鶏は一生分お腹いっぱいだけれど。


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写真は、場内の様子。左手中央がステージ。上方に大型スクリーンが設置されている。