sayakotの日記

コスタリカ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、エチオピアで、勉強したり旅したり働いたりしていた当時20-30代女子のブログ。

社交会デビュー?

sayakot2008-06-29

同居人(&クラスメート)Y嬢のインターンシップ先である、FAO現地代表Mr.スピーディ(イギリス人)の60歳のお誕生日パーティに招待いただき、2人で出席してきました。


FAOは、“Food and Agriculture Organization(国連食糧農業機関)”のことで、世界の食糧生産と分配の改善を通じた、人々の生活向上を目的とした、国連の専門機関だ。ここベトナムにおいては、政府と協働の鳥インフルエンザ対策が大きな柱になっているほか、急速な市場経済化と経済発展の流れに取り残された、人口の70%を占める貧しい農村地域に対する支援――すなわちは、従来の伝統的な農業・漁業・林業分野の、市場経済へのスムーズな統合を促進するプロジェクトが中心となっている。


パーティの開始時刻は18時だったのだが、わたしたちはもろもろの準備をお手伝いするべく、13時には、会場であるスピーディ氏のご自宅に到着した。氏のご自宅は、風にそよぐ柳がよく似合う、湖の湖畔に面した、4階建ての一軒家。こじんまりとしていながらも、家のあちこちに、氏が世界のあちこちで撮られた写真や、奥さまのスピーディ夫人が趣味で描かれた絵などが美しいフレームに合わせてセンスよく飾られていて、とても感じの良い、温かな雰囲気だった。メインの会場となる4階のバルコニーからは、湖を一望することができ、わたしたちが到着したときには、パーティのご馳走を載せるためのテーブルやイスが、既にきちんと並べられていた。夫妻にジントニックの歓迎を受けた後、わたしたちは、FAOから同じように駆り出されていた、現地スタッフによる準備班に合流するべく、キッチンに移動した。


キッチンの大きな戸棚には、いかにも高級そうなワイングラスや食器のセットがいく種類も並んでいるほか、大中小様々なサイズの、使いやすそうなお鍋やフライパンなどが、所狭しと整然と納まっていた。当然だけれど、このあいだ1ドル前後で買った中国製の安いアルミの鍋を使いまわしている、我が家のキッチンとはだいぶ格が違う。しかもこれらはすべて、イギリスのご自宅から持ち込まれたものとのことだから、やはり国際機関のトップともなると、自宅を社交の場として利用する機会も多くあるのだろうと想像した。


サバサバとして、でもとてもユーモアたっぷりのスピーディ夫人の指示の下で、わたしたちは大きな袋いっぱいのライチから、余分な枝をとり除いたり、切ったスイカやらメロンやらを大皿に並べたり、ピーマンやトマトやパプリカを盛り付けたり、テーブルに白いクロスをかけたり、出来た料理を1階や4階のベランダに運んだり、食器を洗ったり片付けたり――慣れない場所で初対面の人たちばかりに囲まれ、最初は正直、どうしたらよいものかと、特に意味もなくあちこち動きまわったりもしていたが、パーティの開始が近づくにつれてそんなことを言っていられないほど慌しくなり、作業を進める中で、いろんな人と話す機会もできた。


自身薬学の博士でもあるスピーディ夫人は、スタッフへの指示と料理の準備に大忙しだったが、国際平和学という分野には自分もとても興味があるの、今度もっと時間のあるときに、ゆっくりランチでもしましょうと、声をかけてくれた。飾らない、とても魅力的な人だった。作業の間中、オーブンからは、夫人の特製レシピというインドの香辛料の良い香りがずっと漂っていた。しばらくすると、ケータリングサービスがやってきて、更に大量の料理が運び込まれた。このレストランで使用されている魚はすべて、FAOによる漁業資源のマーケティングプロジェクトで養殖されたものだとのことだった。


準備はパーティの始まる直前になんとか終わり、パーティが始まってからは、わたしたちは今度は1階で受付を手伝うことになった。FAOの副代表であるあティエンさんが、慣れないわたし達を気遣って、一緒にゲストたちを出迎えながら、タイミングを見計らって、わたしたちを紹介してくれたりした。続々と見えるゲストは、例えばUNICEF(国連児童基金)やUNDP(国連開発計画)、UNHABITAT(国連人間居住計画)やWHO(国連保健機関)といった、各国連機関の現地代表やプロジェクトマネジャー、HIV鳥インフルエンザの研究者や、政府関係者etc...。この国におけるマクロなレベルでの「開発」領域を、実際に動かしているいわゆる“国際社会”のアクターたちが、この小さな家に、大きなギフトを抱えてニコニコしながら大集合してくる光景は、なんだかとても非現実的に思えた。そしてそれは、一体これは何の騒ぎだろうと不思議そうに見上げながら通りぎていく、ゲートの外のベトナム人にとっても、同じことだろう。


ところで、メインの会場が4階であるにも関わらず、どうしてわざわざ1階にも、まったく同様の料理が用意されているのかと、準備のときから不思議だったのだが、パーティの開始後に、その理由が少し分かった。要は4階は、本日の主役であるスピーディ氏を囲む、国連やカウンターパートの人々による、華やかな社交場という位置付けで、必然的に、欧米人(と日本人と、一部のベトナム人)の割合が高い。一方で1階は、招待は受けているものの、そうしたハイソな空間に、なんとなくの居心地のわるさを覚える、現地スタッフを中心とした、お気楽まったりフロアという感じで、皆それぞれに同僚とぺちゃくちゃと話したり、子供が走りまわっていたりと、そこには緩やかながら明確な区分ができていた。


学生で、しかもFAOにも属していないわたしは、もちろん1階の「まったりゾーン」の方が、「しっくり」とくるのだが、一体階上で何が展開されているのかやっぱり気になって、結局後半は、ほとんど4階に入りびたって、そこでの会話に必死に耳を傾けていた。その間、話が聞きたかったらいつでもオフィスに来るといいよ、と親切に声をかけてくれる某国連機関の現地代表や、UNIDO(国連工業開発機関)で働いている日本人の方など、嬉しい出会いもいくつかあった。


。。。
そんなこんなで、帰ったのは22時過ぎ。
そしてふと、バタバタと慌しくて、実はパーティの食事にほとんど手をつけていなかったことを思い出し、夜中、同居人と一緒にチョコパイをかじって、眠りについた。本当に、長い1日でした。。。


明日から、また一週間、がんばりましょう。