sayakotの日記

コスタリカ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、エチオピアで、勉強したり旅したり働いたりしていた当時20-30代女子のブログ。

〜The Memory of the War in Leyte & Samar〜

sayakot2007-06-13

レイテ島オルモックの街から車で約40分。途中の道路脇に、ほとんど朽ちかけた標識がある。地元の人に案内してもらうか、あるいは注意深く目をこらしていなければ、簡単に見過ごしてしまうそれには、”The site of the Bloodiest Battles in the Liberation of the Philippines(フィリピン解放における最激戦の地)”と書かれている。
島中を一望できる小高い丘に位置するこの地こそ、戦時中、戦略的に最も重要な拠点となった”Breakneck Ridge”、その名も「首折り稜線」。


車を降り、道路脇の小さな坂を上りきったところにあったのは、古びた小屋。「第一師団戦没者英霊之碑」と書かれた数枚の木札と、穏やかな顔をして手を合わせる小さな仏像がひっそりと祀られていた。


目の前に広がるのは、めまいがするほど深く青い空と海。そして果てしなく広がる、ココナッツの林。白く照り付ける太陽。聞こえてくるのは、気持ちよく伸びきったココナッツの木の葉が風に揺れ、ザワザワと重なりあう音だけ。時折、静寂を切り裂くように、鳥の声が鋭く響く。世界から切り離されたまま、もう何十年も時間が止まっていたのではないかと思われるほど美しく、非現実的な空間。
故郷からはるか遠く離れたこの場所で、家族に別れを告げることさえ許されず、孤独に命を落とさなければならなかった当時の人々のことを想うと、胸が熱くなり、思わず手を合わせる。


視線を感じて振り向くと、こっそりついてきた地元の子供達が、私たちの様子を不思議そうに眺めていた。カメラを向けると、おずおずと笑顔で応えてくれる。訪れる人の数がすっかり減ったこの場所が、今では彼らの隠れた遊び場になっているのかと思うと、少し救われる気がする。


フィリピンで戦士した旧日本兵は51万8千人(一方、戦闘に巻き込まれて死亡したフィリピン人民間人は推計111万人)。先月のまにら新聞によれば、フィリピン全土には約360基の慰霊碑があり、そのうちレイテには80基が集中している。碑を建てた遺族や戦友の高齢化に伴い、その管理状況は年々悪化しており、今後これらが管理人不在のまま朽ちたり、盗掘被害にあったりすることが懸念されているとのこと。