sayakotの日記

コスタリカ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、エチオピアで、勉強したり旅したり働いたりしていた当時20-30代女子のブログ。

Religions and Philippines

sayakot2007-05-13

フィリピン人の友人に、いい機会だからとローマンカトリック教会のミサに連れて行ってもらう。


富裕層が住むエリアの教会だけに、外には日本車のほか、ベンツやBMWが無造作に停められている。
綺麗に正装した老夫婦から、若い家族連れ、Tシャツにジーンズの若者カップルまで訪れる人々の年代は様々。


大きな聖堂に、200人くらいの信者が集まっている。
毎週日曜、ミサに出来るだけ多くの人が来られるよう、朝から晩まで、司祭が交代で何回も行うとのこと。



司祭のお説教を含め、ミサはごく一部の賛美歌を除き、全て英語で行われる。
どうやら平和について語っているようだったが、独特のアクセントとマイクの音割れ、扇風機の音でほとんど何を言っているのか分からない。


セクトによっては、この選挙の時期、信者を特定の政党や候補者に投票するよう誘導する教会と政治との癒着(日本でも聞いたことのあるような話)は珍しくないとのことだ。友人曰く、ローマンカトリック教会においては、そういうケースはほとんどないとのことだが。


フィリピン人は、信心深い。トライシクルやジプニー、タクシーの運転手も大抵、運転席に十字架か、イエスやマリアをモチーフにした小さな宗教画を飾っている。人々が食事の前に十字を切るのも、よく見る風景。


また、フィリピン人は皆、口を揃えて、この国では離婚は認められていないという。そして、カトリック以外のパートナーと結婚する際には、特別な許可が要るという。ただし、法律の上で厳密にどこまで本当に禁止なのか、単に宗教レベルでのタブーの問題なのか、問いただしても、皆あまりよく分かっていない模様。もはや、駄目なものは駄目なのだと、感覚的に植えつけられているようだ。


それにしても、「フィリピンらしさ」とは、何なのだろう?
衣服、言葉、宗教、生活のあらゆるシーンでスペイン・アメリカの存在感の大きさを感じずにはいられない。それらを取り除いたら、一体何が残るのだろう?この、不思議な文化のつぎはぎ感は、他の東南アジアの国と一体、何が違うのだろう?
「アーメン」と熱心に祈りを捧げる彼らを見て、そんな思いが頭をよぎる。


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写真は、マニラでも有数の貧困地域にある投票場所の前の通り。様々な候補者の写真や旗が、通りを派手に覆っている。まるでお祭り。